見返り無しに人を愛せるようになるレメディ
最も良い例は「お祖父ちゃんと孫の状態」です。
チコリー自体は
「献身的な愛」って奴です。
チコリーさんは相手が自分の思う通りに動かないと、相手を操作するように、ごねたり、嘘を言ったり、所有物のように家族を扱ったりします。
波乱をついつい、呼んでしまうチコリーさんのケースを何件か見ています。
そして、全員に同じ癖がありました。
私の見たケースでは
「私はここまで相手にしてあげたのに、どうしてしてくれないの」
と言う人が多いです。
この場合チコリーさんは、「捕らぬ狸の皮算用」ならぬ、「与えぬ愛情の皮算用」をしています。
採算に合わない場合は相手に、皮算用した見込み分の愛情を取り立てようとします。
で、そんな採算を知らない相手は、チコリーさんの要求を飲めない。
1の愛情で100の対価を求めたりすることもあります。
対価の計算だって本人にとっては、100の犠牲であっても、受け手にとっては1に値しないことだってある。
で、お互いの関係に波が立つんです。
心の重さに相対評価はありません。
絶対評価ですよね。
ここで厄介なのは・・・。
チコリーさんにとっての家族の定義は
「愛着を持っている者 = その人にとっての家族」です。
だから、この言葉は同僚であったり、友人に向いたり、後輩に言ったりします。
チコリーさんは血族と言う縛りなく、他人であっても愛せる人なんです。
「人類みな兄弟」なんて言いますが、行動できる人は貴重です。
ですが・・・、ですが・・・現実、そんな甘かありません。
「人類みな兄弟」は「絵に描いた餅」です。
人を見る目がなく、誰彼もに要求するのと問題も出てくるでしょう。
常識や、打算、特に情を挟んでしまうと、判断が大きく狂ってしまうんでしょうね。
チコリーさんには家族でも相手の認識は、「チコリーさんは他人である」ってケースも多い。
この愛情表現の矢印を、お互いに幸せになるように手助けするレメディが、チコリーです。
チコリーを飲むと愛情の皮算用をしなくなります。
見返りなくして、愛情を与えられるようになりました。
そうすれば、チコリーさんは愛情の取り立て屋にならなくて済みます。
チコリーな人は、誰よりも家族を愛している人です。
家族を守るために、チコリーな心は必要です。
誰でもチコリー心はあるはずです。
チコリーさんのように血の繋がりを超えて、周りを家族と認識が出来れば、世の中は今以上に暖かくなるのかも知れません。

